るりだま日記

くじゅうの山に魅せられ、まったりと写真を撮りながら登っています。

2007年09月

サテライトリーグ アビスパ福岡戦を観戦に行ってきました。

フクちゃんが、倒したと言うことでPK。

周作が、先に飛んだのか、いつものように逆で1点。周作は、PKに弱いよなぁ。

結局、0-1という結果。

まあ、特段見せ場は、無かったですが、梅ちゃんが攻守にがんばっていました。

しかし、相手選手から足を削られ、怒っちゃって両方にレッドカードが出ました。

なんか、後味の悪い試合。ヤジを飛ばす人、そのヤジに反論する福岡の選手。

あっ、うれしかったのは、コバちゃんを見れた事。

お元気そうでお変わりもなく。

私がトリの試合を見に行き始めた頃と、コバちゃんが監督になったのと同時期。

石さんからコバちゃんに変わった頃。2001年かぁ~。

ずいぶん経ったのねぇ。

はい、負けました。

耐えて耐えて、最後に入れられ、負け。

勝ち点1を拾えそうだったのにもったいない。

チャンスは数えるほどしかなかったけど、1点先取できれば、守り抜いて勝てるかも。

と思っていたんだけど甘かったですね。

残念です。はぁ~。力が一気に抜け、テーブルに伏せましたよ。

今日は、大宮が勝ったんだよねぇ。あと7試合かぁ。心配だよぉ。

今日は、満月。きれいなまん丸なお月さんが、今見えています。
本当に雲一つ無いお空にお月様。とってもきれいです。

今年の中秋の名月は、25日でしたが、あいにく雲が多く、あまりお月様は見えませんでした。
今日は、本当にお月見に良いです。

中秋の名月と言えば、私の田舎で行われていた、行事「といもぬすび」を思い出します。

「といもぬすび」とは、「といも」(さつまいもの事です)を「盗む」ことです。
中秋の名月の晩に子供たちだけで、
各家のお縁に供えられた食べ物を勝手にいただく行事です。

「芋名月」とも言われるように、以前のお供え物は「といも」だったと思われます。
私の子供の頃は、お菓子になっていました。

各家を子供たちで、わくわく・どきどきしながら、回って歩き
お縁に置かれたお菓子を黙ってもらっていくんです。

黙って持って行くのですが、各家では子供たちが、来て持って行く様子は、
判っていて、気の利いた家では、次に来る子供たちのためにお盆にお菓子を補充するのです。

地区揚げての行事で、どの家にもお供え物が、ありました。
小学生の間の行事。懐かしく思い出されます。
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今日の夕食は、オムライスとグラタン

何故かというと、夫ちゃんが今日は、飲み会で夕食がいらないから。

夫ちゃんは、私の作る食事は、いつも「美味しい」と言って食べてくれます。(感謝です。)

ただ一度だけ、文句(?)を言ったことがあります。

それは、新婚さんの頃、夕食にグラタンを作ったのだけど

「おかずがない。グラタンは、おかずにならん。」って。

それ以来、グラタンは、夕食に上がらなくなりました。

愛息から「グラタンが、食べた~い。」と言われたら、いつも「○日に作るね。」って。

で、今日の夕食のメニューは、「グラタン」です。

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竹田市にある、七つ森古墳に行ってきました。

竹田市街地から熊本方面へ国道57号線沿いに約8㎞行った所で、荻町に続く高台にあります。
もともとは、名前の通り七つの古墳があったと考えられていますが、
現在は四基しか見ることができません。
A,B,C,Dと名前の付けられたうち、A,D号墳は円墳、B,C号墳は前方後円墳です。
A号墳は、直径20m、高さ4mです。生まれて間もない幼児のための古墳と考えられています。
B号墳は、全長47m、高さ6mです。中央には、成人男子の遺骸が伸展葬されていました。
「日本書紀」や「風土記」などには、第12代景行天皇(けいこうてんのう)が九州の熊襲(くまそ)を征伐したという伝説があります。その天皇と関わりがあると思われるのが七ッ森古墳です。大正時代の調査では、二つの組み合わせ式石棺の中から6枚の銅鏡(どうきょう)、勾玉(まがたま)、碧玉製釧(へきぎょくせいくしろ)、刀子(とうす)などの副葬品が出土しました。 

古墳のまわりには、彼岸花が一面に植わっています。
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お彼岸の時季に真っ赤に咲く彼岸花、曼珠沙華。

群生し、色が強すぎて、葉も無く茎と花のみ、田んぼの畦道に列をなして咲く様子を

子供頃、何となく怖いというか、仏様に続いているようなイメージを持っていました。



  曼珠沙華咲いて 
  ここがわたしの寝るところ    山頭火

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